多くの県民が山形でサイコーの蕎麦と認める店。
それが、伊勢そばだ。
だが、私はいままで、この店を当サイトで紹介する事をためらっていた。他県の方には敷居が高すぎると判断した為だ。
しかし今回、あえて「サイコー」の一品を紹介させて頂こう。
では、何がサイコーなのか。
・・・漢字で書くと、山形「最硬」の蕎麦 なのだ。
とにかく硬い。かつ黒い。あの歯ごたえは、他店のそばと同じ原料でできているものとは信じがたいほどだ。
さらにワリバシほどもある極太さも硬さに拍車をかけており、その上大きめのドンブリに山盛りと、ボリュームも満点とくる。
また薬味のネギも最初からつゆに入っており、お好みにあわせて適量、などという甘えは許されない。
攻略の困難さでは、県内屈指のそばであろう。
また、この店で『サイコー』なのはそばだけではない。 |
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この「もり天」のかき揚げも、尋常ならざる硬度。初心者が解体を試みてワリバシをへし折られる姿を、幾度見てきただろう。 |
そばとかき揚げの山形最硬コンビ・伊勢そばのもり天。
かつてはお品書きに無い「裏メニュー」だった。
なのに、客のほとんどが当たり前のように頼んでいたのがこれ。あたかも常連しか寄せ付けないようなムードは、硬派そのもの。
加えて、店のたたずまいにも隙が無かった。『飾らない雰囲気』を超越し、ほとんど生活感あふれる民家そのもの。
他人の家に大勢で押しかけて、そばを食しているかのような錯覚すら覚えたものだ。あの空気に慣れていない方には、さぞ居心地が悪かった事だろう。
まるで幾重もの障壁を張り巡らせた、強固な要塞とも思えるほどの敷居の高さ。都会の軟派な(?)そば屋しか知らない人間にとっては、文字通り超・硬派すぎるそば屋だった。
ところで、そんな難攻不落の店を、なぜ紹介する気になったか。
お気づきだろうか。途中から文章が過去形になっていた事に。
そう、伊勢そばは近年、新しく生まれ変わったのだ。
近所に移転した新店舗はゆとりある空間の民芸風で、窓の外には広々した田園風景が広がる、開放感あふれる設計。
そしてメニューにも「もり天」が堂々の登場。駐車場も広くなり、硬派で鳴らした伊勢そばも21世紀を迎えて少し丸くなったようだ。
だが、店構えが変わっても、そばは全く変わらないのが伊勢そばの伊勢そばたるゆえん。個性派の多い山形そば界にあってなお、その「サイコー」さ加減は異彩を放ち続けている。
正直なところ、誰にでもお勧めできる店ではない。「最悪のそば屋だ!」と酷評する声もよく聞かれるのは事実だ。
しかし、この類を見ない力強さに魅せられ、「最高のそば屋だ!」と絶賛し、とりこになってしまう人が続出しているのもまた事実。これほど評価が両極端なのも、比類なき個性のあわわれだろう。
だが、これは「前代未聞」のそばではない。かつて山形そば屋の多くが、こんなそばを出していた。私の近所にある某人気店も、以前はこれとよく似た豪快なそばだったと記憶している。
近年、多くの店が全国標準に近づきつつある中、いわば生き残ったオールドスタイル。それが伊勢そばだ。
今でも昔とほとんど変わらぬ硬さと、長さ・太さとも一定していない大雑把なブツ切り加減の、豪快系のそばを提供してくれる。
時代がうつろうとも、かたくなに山形蕎麦の古態を残しつづける希少な店。そばのガイドブックに加え、レッドデータブック※にも掲載すべき店かもしれない。
そば王国山形の、知られざるルーツがここにある。
※絶滅のおそれのある野生生物について記載したデータブックの事。
最後に、この店の客層について触れたい。
パワフルな見た目ゆえ、肉体労働のガテン系客層に受けそうな印象を受けるかもしれない。
しかし、店内にはホワイトカラー層も多く、しかも上質なスーツで身を固めたエグゼクティブ系が目立つ。
身だしなみをビシッと決めた人たちが、大雑把なそばに挑むの図。人は自分に無いものに憧れるというのは事実かもしれない。
なお、県職員などが官公庁職員へのおもてなしに、この店を使っていたという噂すらある。事実とすれば、いい度胸だ。
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